親愛なる誰かさんへ。

日常、雑念、世界。

雨のにおい本屋のにおい

たまにある。

なにもかもやる気がなくなって、溜まったSNSの返信も面倒くさくて、特になにもしていないのにため息しか出ないみたいな日。

全部この雨のせいにしてしまおう、とベッドに寝転がってみたが、退屈になって、すぐ起き上がってしまった。

こういう日は無性に、あの本屋のにおいが恋しい。大型書店とかじゃない、街の小さな本屋。長いこと開かれなくて、かびくさくなった無数のページ。開くと舞い上がる埃、挟まれた栞は色褪せている。

高校から家に帰る道すがら、たまに少し遠回りしてその本屋に行くのが楽しみだった。

お客さんはいつ行ってもいない。だから、行ったら何か買わないと帰りづらい。奥にいる店主に、自分が本をあれこれ探し回る姿を観察されていないか不安で、たまに振り返って見るけれど、店主はいつも何か本を読んでいてこちらに見向きもしない。

だから、好きなだけ、どの本を買おうか迷っていられた。その時間、わたしは高校生でも、家族の1人でも、誰かの友人でもなく、ただ1人の本を読む人間として、そこに存在していられる気がした。

今わたしは都会に引っ越して、たくさんの個人書店を巡るけれど、自分が一番好きな本屋はどこかと聞かれたら、きっと、故郷の小さな本屋ですと答える。

この雨があがったら、久しぶりにあの本屋に行ってみようか。

降りしきる雨のにおいは、どこからかあの本屋のにおいを連れてくる。